レゴ

レゴ WALL・E

去年末に急にレゴブロックがしたくなって、amazonでいろいろ見てるうちに気付いたらいくつか買っていた。

レゴブロックは小学校中学年頃から高校に入るくらいまでたしなんでいた。その頃は宇宙シリーズ的なものがあって、健全な少年だった僕もターゲットに合致し、それらでたくさん遊んだ記憶がある。ちょっと検索したら 宇宙シリーズの一覧がでてきてかなり興奮した。

実家を出る時に全てとっておいたはずだが、いつのまにか母親が近所の子供にまるごとゆずっていた。とても悲しい。なぜ母親は子のおもちゃを勝手にどうこうしたりするのか。

昔のシリーズはもう生産していないので、オークションなどで買うしかない。しかし最近のシリーズも十分魅力的で、せっかくなので2015年発売のものを中心に買った。

レゴ WALL・Eの前面ボックスを開けた様子

写真は買ったうちのひとつ、映画WALL・Eのレゴ版。手や頭はもちろん、キャタピラ部分もちゃんと動いてすごい。箱を開けたらかなり多くのパーツが入っていて引いた。完成まで4時間くらいかかった。

最近のラインナップをだらだらと見ていると、レゴは単なる矩形のパーツだけでなく個性的な局面をもったパーツも多く作られるようになっているのに気付いた。90年代の城シリーズやシティーシリーズでもその傾向が多少あったが、年を追うごとにその数は増え、スターウォーズとコラボするようになってさらに加速した感じがする。

無骨な矩形でなんとかして表現しようとしていたカーブや鋭さは、今や「そのものの形状」のパーツで代用される。目的の形状をより正確に再現ができるようになったと言えばそうなのだけど、それはもはやプラモデルではないか、と思わなくもない。

それとWALL・Eを作った時に感じたのだけど、あの完成度はバラして違うものを作ろうという気にはなかなかなれないものだった。プリセットのクオリティーが高すぎて想像力をうばわれるのはなんだか不思議だ。説明書にないオリジナルの創作こそ、レゴの醍醐味であると思っているからだ。

でもレゴがプラモデル度が上がっても別に否定はしない。説明書通りに作るのもレゴの正しい遊び方である。たとえどんなにプラモデルであっても、どこかで飽きて、バラして違うものを作る時が絶対に来る。レゴとはそういうものだと思う。特定の箇所しか使用を許さないパーツであっても、それは自分の想像力が乏しいからそう思うのであって、触っているうちに面白いものを思いつくずだと思う。頭が完全にレゴに飼い馴らされている。

WALL・Eの他にも大小8セットくらい買い込んだので、パーツの数的にだいぶ豊かになっている。子供の頃は自分ではホイホイ買えなかったので、ホイホイ買える大人になって本当によかった。

30歳になったのでそろそろ次の段階の遊びもしたいなと思い、通常のレゴシリーズとは別のレゴテクニックというシリーズをひとつ買ってみた。ブルドーザーである。キャタピラである。

男は黙って重機である。