2025
- 公開日
- タグ
- diary
生成AIの進化で「◯◯できるウェブアプリを作って」と言えば一旦はそれらしいものがすぐ手に入る時代になって久しい今日この頃、みなさまいかがお過ごしだろうか。
ビジネスロジックやセキュリティの面ではまだ人が手を加える必要があるが、設計思想や哲学を実装に取り入れることは無駄と言っていいレベルになった。そんなもの考えるよりさっさと次のプロンプトを打て、になっている。
コードの設計は中長期的な開発速度と品質の維持のために必要なものだ。つまりは人のためにあった。今やコードを読み書きするのは人ではなくAIなので、設計は要らない。どんなに美しく堅牢で格式高いWAYも、AIの圧倒的な速度の前では無意味に等しい。人は何をどう実装するかを考えなくていい。何をどうテストするかも知らなくていい。プログラムでエラーが出るのはプロンプトが悪いせいなので、エラーの意味すら理解しなくていい。どんなエラーが何度出ようと、「このエラーが出ない◯◯を作って」と打ち直すだけなのだから。
ウェブアプリはもう人が書くものではないのだろう。AIという機械が担当する範囲が急速に広がり、ウェブアプリもいよいよもって工業製品然としてきた。CRUDのない単純なウェブサイトがすでにそうであるように、ウェブアプリが完全な工業製品になる日も遠くはない。
わたしが仕事の中で培ってきた設計思想や哲学・育んできたウェブへの美学は、AIによってその価値を大きく下げられた。設計はさながら贅沢な工芸品で、わたしは紛れもない職人になったのだろう。こだわりの素材選び・こだわりの手法・こだわりの仕上げ・あなたにだけのオーダーメイドの実装ですーー。わざわざそれに時間と金を使ってもいい人が、とにかく一点ものが欲しい富裕層が、工芸品を贅沢で買うのだ。そして他の工芸品の職人と同じく、設計工芸職人のわたしも消えゆく運命にある。
オレもそろそろ墓を作っておくか、そんなことを考えた2025年だった。来年もよろしくお願いいたします。